「全海研」 に期待する

海外子女教育振興財団専務理事  尾 向 三 治

29号巻頭言(1988年1月25日発行)

 日本の国際化だとか国際理解教育が強く叫ばれていますが,何故それが必要なのか,その真義をはっきりさせておくことが大事であります。過去の白本は欧米文化に追いつけ追い越せの百年を経て,もろもろの幸運にも恵まれたこともあり,漸く経済的にだけは先進国となって,気がついてみれば欧米にとって目ざわりな存在になっていました。国際摩擦がいろいろな形で発生し,日本としては今までのような独善的なやり方では世界に通用しなくなって来ました。そこで二十一世紀に向けて日本が存続し繁栄してゆくためには,政治,経済,文化,教育,人物交流その他あらゆる面で国際化をしなければならなくなったのだというような受身の,しかも功利的な動機からの発想であってはなりません。世界の歴史から見て,東方の一小島国の単一民族,単一国家という長い歴史の中で培われて釆た閉鎖的,排他的,内向的な日本の国民性は,本来世界の中の一員としてのあるべき姿から大いに外れているという認識が根底になければ,真の国際化は不可能であります。

 私はこういう基本的な考え・万に立って,「国際人としての日本人」「世界に通用する日本人」或いは「心の開かれた日本人」などと云われているあるべき日本人像は,国際社会の一員として当然目指さなければならない人間像であって,功利的な手段としての人間像であってはならないと考えます。遥かに速い理想像であるかも知れませんが,人間の叡知が措いた理想に向って,政治も宗教も道徳もその実現のために努力して釆た跡が人類の文化でありますから,我々が高く掲げたこの人間像を目指して生きることを,我々が子供たちに教育し,自らも学習することが大事であります。世界の先哲の教えはみなそうでした。

 更に国際理解教育を我々一般常識人が具体的に分り易く理解するならば,「人類みんなが幸せになるように,仲よく助け合って,お互いに努力しよう」と,身近かに実践することから始まるものであり,その実践徳目としては「奉仕−人の為めに尽すことを喜びとする」「自戒 身を慎しみ自制する」「義務−やらねばならないことをやる」 ことでありましょう。

 基本的にこの三徳目をひとり一人が日常茶飯事に於て実践する時,はじめて全人類の幸福,世界の平和が実現するのだと思います。家庭にあっては親が子供と,学校にあっては先生が児童生徒と,又職場にあっても路傍にあっても,知る人知らぬ人の区別なく,この徳目の心を以て人間関係を随時随処で成立させることであります。このような人間教育が国際理解の根底になければならないと思います。

 さて数こそまだ少ないとはいえ,国内の学校現場で活躍されている所謂帰国教員は,海外派遣に際しては自ら志願して海外の日本人学校,補習授業校での国際理解教育の実践に情熱を燃やし,且つ海外生活体験による自己啓発の意欲に燃えて,三年間を或る所では治安上問題のある環境で,又或る所では学校施設や教材の整備等の不充分な条件下で,種々の苦労や悩みはあったものの,国内では経験の出来ない貴重な恵まれた教育経験を積んで帰国された人材であります。しかるにその貴重な海外諸体験を生かすべく,抱負を胸に帰国着任された新しい現場では,必ずしも思うに任せない状況に遭って,熱意を削がれることも従来多かったと聞いていますが,今では時代の認識も,世間の理解もすっかり変化して来ていると思われます。帰国教員方に望みたいことは,帰国子女は日本の国際化のために貴重な財産だと言われていますが,それにもまして帰国教員こそ,その教育的影響力の大きさから見て,貴重な人材であることを自覚し,海外体験のすべてをあげて,置かれた状況に応じ,実効のある国際理解教育実践の工夫をしてもらいたいのであります。一人では孤立して出来ないことも帰国教員が手をつなげば出来る場合もあるでしょう。そのために帰国教員の会は力強いバックアップとなる筈です。三年間の費重な海外体験をただ一個人の思い出だけに止めてもらいたくないのです。余りにももったいない話でありますから。どうか「各地帰国教員の会」と全国組織である「全海研」が,規模と組織を拡大充実させ,その機能を更に発揮してもらいたいと願うものです。帰国教員の入会率が高くなること,そのことが大きな力となって,帰国教員活用の道にも遵がり,又推進力にもなると思います。

 「全海研」「各地帰国教員の会」の活動並びに発展に期待すると共にその衛努力に対しては支援を惜まないものであります。