日本の学校教育への提言

 

〜英語の教育について想うこと〜

 

寺澤 美代子

79号巻頭言(2005年10月15日発行)

 講師を務めた数校の大学で、私が新入生に必須科目の英語を教える際に、英語に対する想いを書いてもらうと、約6割以上の学生が、苦手意識を持っているという趣旨のことを書く。対象の学生が英文科の学生でないことを考慮しても、一体この意識はどこから来るのだろうかと考え込んでしまう。多分、今までの学習環境、教え方、学び方、自信の無さに起因するのであろう。米国で三人の子育てを通じて幼児教育から中等・高等・大学教育まで垣間見ることができた体験と、日本の大学教育に携わった経験から、英語教育に対する自分の想いを記したい。

 

現在、小学校での英語学習導入に対して賛否両論が論じられている。両極端の意見は別としても、小学校から英語を学び始めさえすれば安心だという安易な考えがあることに注意しなければならない。

 

自国語の読み書きの基礎が最重要であることは云うまでもない。小学校の低学年の間は、しっかりと自国語の勉強に力を入れるべきである。科目として英語の学習を始めるとすれば、高学年に移る4年生からが目安となるのではないか。しかもその際には、次の点についての配慮が欠かせないと思う。

 

1無理なく馴染めるような学習環境を

米国の初等教育で感じた印象の一つは、生徒が新しい学びの環境に入るときには、無理なく慣れるような配慮が感じられることだった。私たち家族が生活したニューヨークの郊外では、義務教育の幼稚園は小学校の校舎内にあって、園児は、小学生の生活を見聞きして馴染むために、一年生になっても特に強い緊張感はない。幼稚園を終える6月の最終日に、先生は教室の出口に立って ”Have a nice summer, Robin.” (ロビン, 良い夏休みを) と声を掛け、生徒は ”Thank you, Mrs. White.” (ありがとう、ホワイト先生) と答えて握手して出て行く。一年生の9月の最初の日にも、担任の先生が、教室の入り口で ”Welcome, Robin.” (ようこそ, ロビン) と迎える。折々のけじめも大事だろうが、日本の場合、入学時に過度の緊張感や意識を与えていると思う。中学に入って「さあ、英語の学習を始めるぞ」といった今までの始め方では、英語を勉強しなくてはというプレシャーにつながる。小学校4年生ぐらいから徐々に英語に親しみ、中学校での学習につながればと願う。

 

2ヒヤリング・発音を重視し、自ら発言することの大切さを教える

話さなければ、十分な意思疎通はできない。その際に、英語の発音がまずいと通じない。流暢でなくとも、内容のあることを、正しい発音で自信を持って話せば、相手は耳を傾けてくれる。それには、まず耳を慣らすことが重要である。ネイティブの先生の指導が望ましいことは云うまでもないが、昨今では、海外で長く学んだ人や留学生も多いので、そうした人々の手助けも求めたらよい。色々なテープも出ているのだから、子供の歌や、やさしい日常会話を何度も聞かせて耳を慣らし、それを真似て声に出

すことが大切だ。大学生の多くが英語を話したがらない最大の理由は、発音に自信がないからだと思う。一緒にテキストを音読することにさえ消極的で、自信の無さから、まず、声が小さい。早い段階から英語を聞いて声に出す習慣を養うべきだ。

 

2 世界の多様な人々や文化の存在を知り、相手を敬う気持ちを養うこと

米国の初等教育での特色の一つに show and tell が挙げられる。文字通り、何か物を見せながらお話しするのだ。保育園の段階ですら人気のあるのがこの時間だ。例えば、家から持参した人形を示しながら、「この人形は、私のおばさんから貰ったの」と云った簡単なお話ながら、次々とみんなの前に立って話す。聞く方も拍手して喜んで聞いている。小学校低学年の間は、カリキュラムに加えられていて生徒の話す内容も高まって行く。中学や高校になると、社会科などの学習にデイベート( 討論 )が加えられ、一つの問題について賛否両論に分かれて意見を戦わす。つまり、小さい時から自己表現の訓練が行われている。国際的に活躍するには、こうした教育を受けた人たちと交わって行くことなのだということを常に念頭に置いておく必要がある。英語を学び始める子供たちには、積極的に発言し、臆せず自己を表現できるように力づけてもらいたい。

 

英語の学習を通じて子供たちは、日本人以外の人々のこと、日本と違う生活のあることを知る。異文化の存在を知ることは、世界に目を開くことになる。先に述べた大学生たちが、英語に対して苦手意識を持つのも、受験のための勉強だけに時間を費やして来たためと思われる。彼らに異文化への関心が無いわけではない。事実、私が講義の合間に、米国での生活を通じて得た様々な体験について話すと、目を輝かせて聞いてくれる。学期末に提出してもらう感想文にも、「もっと知りたかった」との希望が寄せられる。教える側にも学ぶ側にも、外国語を学ぶことは異文化を知ること、という気持ちが強ければ、今までの学習にも、もっと前向きになれたのではなかろうかと思う。

 

どんな立場で海外生活をするにも、内にこもらず積極的に付き合えば、現地の人々に受け入れられて豊かな経験につながる。自信を持って正しい英語の表現ができるように努力することで、相手に自分の誠意は伝わる。無限の将来を持つ次の世代を担う子供たちが、自信を持って国際社会で活躍できるよう英語への関心を高め、興味を持ち続けて学んで行けるような環境作りへの配慮を求めたいと切に願っている。

 

 

寺澤美代子 氏

神戸女学院大学文学部英文学科卒、

米国在住7年8ヶ月

New York 州 Westchester Community College履修

大阪万博、筑波科学博三井館コンパニオンリーダー兼館長付渉外役

元日本大学理工学部、秀明大学、和洋女子短期大学ほか非常勤講師