小学校の英語教育でめざすべきこと

       大妻女子大学・同大学院教授、早稲田大学講師 服部 孝彦

87号巻頭言(2008年7月25日発行)
 小学校の新学習指導要領が今年の3月に告示され、平成23年度から小学校5・6年生で週1コマ「外国語活動」がおこなわれることになります。そしてこの「外国語活動」は英語での活動が原則で、教科ではなく、道徳のような「領域」としての扱いとなります。
 実は現在、全国のほとんどの小学校で総合的な学習の時間などの中で何らかの形で「英語活動」が実施されています。しかし、時間数と活動内容にはとても大きな差があります。教育の機会均等及び中学校英語との円滑な接続のため、今回の「外国語活動」必修化が実現したわけです。
 小学校における「外国語活動」の目標は2つあります。1つ目は「日本と外国の言語や文化について、体験的に理解を深める」こと、2つ目は「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成」です。私は1つ目の目標に関しては、外国語学習をとおしてぜひ多様なものの見方や考え方があることに気付くことをしっかりと指導してほしいと考えております。以下、具体的な例をいくつか示します。
 I have a sister. は日本語に上手に訳すことができません。なぜなら sister は「姉妹」の両方を表わし「姉」「妹」の区別をしないからです。「姉」「妹」の区別をする時にだけ an older [elder, big] sister, a younger [little] sister などを使います。英語では日本語の「お姉ちゃん」という呼びかけは使わず、「姉」に対してでも名前で呼びかけるのが一般的です。日本では父母の姉または父母の兄の妻を「伯母」、父母の妹または父母の弟の妻を「叔母」と区別しますが、英語では aunt しかありません。英語圏では長幼の序をあまり意識しませんので、sister, aunt だけで十分なのです。
 Carp は日本語では「鯉」です。「鯉」から日本人が連想するのは「鯉のぼり」であり、「鯉」は「雄々しさ」のある魚です。また、高価でおいしい魚であると考えられています。ところが英語圏の人々にとってcarp は濁った水にいる汚い魚であり決して良いイメージはありません。したがって食用の魚としては好まれません。
 日本語では英語に比べ、魚に関する語はより細分化されています。英語の fish は魚、魚肉に限らず魚介や水産動物も含めます。イカは cuttlefish、クラゲは jellyfish、ヒトデは starfish です。これらが fish であるとは日本人には考えにくいところです。

英語のgrasshopper は grass 「草」の上を hopper 「はねるもの」であり、イナゴ、バッタ、キリギリスの総称です。日本のように稲作農業が中心の地域では、稲に害を与えるイナゴと、ただ単に草原にいるバッタとキリギリスとはきちんと区別されているのは当然なのですが、稲を栽培しない地域の人々から見れば、このような区別の必要性はありません。語彙は人間の生活と密接に結びついているのです。つづいて英語の文についての例をみてみましょう。
 日本では、何らかの理由で使用を禁止したいドアには、「使用禁止」という表示をすることが一般的です。ところが英語圏では、このような場合 Do not use this door. とは表示せず Use another door. と表示します。最近は、学校で室内禁煙となっているところが多くあります。この室内禁煙を英語らしく表現すると No smoking in this room. ではなく Smoking only in designated places. となります。火災時のエレベーター使用禁止を表す自然な英語は Don't use elevators in case of fire. ではなく In case of fire, use stairs. です。英語では、他に選択肢があるときは否定ではなく肯定で表現することが多く、否定的な表現は好まれない傾向にあります。
 ビジネスなどでは、大切なお客様に失礼のないように気を使うことがよくあります。相手に対して「無礼なことをしないように」を英語で表現しようとした場合、日本語に引きずられて Don't act rude. といった表現をしてはいけません。もちろんこれでも言わんとしていることは伝わりますが、英語を母語とする人がよく使う表現は Be respectful. です。ここでもやはり否定は避けられる傾向にあります。
 失礼なことを言う相手に向かって、 Don't be rude to me. と言うと、けんかを売っていることになってしまいます。けんかまではしたくないが、失礼な相手に対して不愉快な気持ちを持っていることを示すのに適した表現は Show me more respect. です。このように英語には英語特有の表現があります。
 小学校における「外国語活動」は中学校で学ぶ英語の前倒しではありません。すなわち英語のスキルの習得が目的ではないのです。様々な活動をとおしてコミュニケーションを図る楽しさを体験し、日本語と英語のことばの違いに気付き、異文化を理解することが期待されています。児童の視野を広げ、豊かな心を育てる教育が「外国語活動」の目的といえます。